「欲の深いやつだ」
 と、門番は言った。
 「まだ何が知りたいのだ」
 「誰もが掟を求めているというのに」
 と、男は言った。
 「この永い年月のあいだ、どうして私以外の誰ひとり、中に入れてくれといって来なかったのです?」
 いのちの火が消えかけていた。うすれていく意識を呼びもどすかのように門番がどなった。
 「ほかの誰ひとり、ここには入れない。この門は、おまえひとりのためのものだった。もうおれは行く。ここを閉めるぞ」


カフカ短篇集』「掟の門」池内紀編訳(岩波文庫)より