2007-01-01から1年間の記事一覧

年のはてに

年のはてによめる はるみちのつらき 昨日といひけふとくらしてあすか川流れてはやき月日なりけり 『古今和歌集』巻第六 冬歌(角川文庫)より

リュミエールの微笑み

WOWOWでクリント・イーストウッド特集をしていて、放映されたほぼすべての作品を録画した。ほとんどが過去に何度もみた作品だったが、以前目にしてそれほどいいと思えなかった「バード」がとても素敵な作品だと気づいたことは何よりの発見だった。 妻の…

それはかぎりなく愛のさまに

映画はかぎりなく料理に似ている。 食材の吟味、たとえば旬の走りか盛りか、鮮度、色つや、大きさや太さ厚さの具合といったこと、まな板の上での細やかでいて厳しくもある判断、どこまでを切り捨てるか、どの厚さに太さ細さにするか、切れ目を入れるか入れな…

色白な指の上に

「おまえはおとなの年令にもなってないのに、よくもこむつかしいことをいうな!さあ、今すぐその僧房へ入れ。きたえてやる!・・・・」 オジエ・ド・ボーゼアンと名のるその少年は、かれをじっとみつめていた。ビロードのようなその瞳には、陰険さは微塵もな…

開かれん

787円には声も出ない。こんなすばらしい「音楽」がこんな価格で流通している世界をなんと名付ければよいのだろう。http://www.hmv.co.jp/product/detail/1783449 若きシフの音。陳腐であることを承知でそれでも瑞々しいと形容したくなる音のかがやきとかたち…

だが生き残るとは、何ものにも比して生き残ることなのか? 『バフォメット』第四章より

継ぎはぎの見本?

最近バタイユやクロソウスキーについてほんのすこし触れたりしているけれど、この二人は既存の権威に異を唱える異分子、たとえばキリスト教に対して批判の槍をともに投げつける盟友であった。しかし、その槍の投げ方が異なっており、「方法」のちがいはその…

肌、骨、あるいは

スペインの文化、たとえば闘牛というスペクタクルにバタイユが嗅ぎとった匂いとは正反対の薫りをバルトは摘みとる。 そして最終幕となる。牛のほうがまだ強い。しかし、牛が死を迎えるのは間違いない…。闘牛が人間に示すのは、なぜ人間のほうが優れているの…

首には紐のはしが

礼拝堂の床には、鎖かたびらや土や無数の毛のような繊維などがまざりあってできた七つのかたまりが、舗石をすっかりおおいつくしていた。そこには蜘蛛の巣が張り、けばだった草や無色の黴が生えていた。虱がいっぱいたかっているような銀白の玉虫色と、エメ…

ふいごの部屋

炉床では、青銅ノ蛇の下で火がはげしく燃えさかっている。その蛇が真っ白になるほど白熱したかと思うと、左側の労働修士が火箸でその尻尾をつかみ、ふいごの通風管にあてがう。金属製の蛇はゆっくりとからだをよじりはじめる。蛇体がヒビ割れ、さっと幾重に…

形而上学的ポルノグラフィーの

「ああ、われわれを永久に至高の『善』に釘づけしたと断言してはばからぬ『博士たち』の傲慢さよ!われわれの意志の目的が善だとしても、善の幻影はいやしい快楽ほどにはわれわれの心を奪いはしません!わたくしを満足させてくれるものは、神の御顔をけっし…

ゆらゆら帝国のボレロ

言葉は反復されるものに過ぎない。わたしが誰にも置き換えることのできないわたしであると同時に誰とでも交換可能なわたしであるように、わたしの記すどんな言葉もすでにある言葉の繰り返しにほかならず、あるいはこれからあるであろう言葉を先取りした反復…

空洞です

ぼくの心をあなたは奪い去った 俺は空洞 でかい空洞 全て残らずあなたは奪い去った 俺は空洞 面白い バカな子どもが ふざけて駆け抜ける 俺は空洞 でかい空洞 いいよ くぐりぬけてみな 穴の中 どうぞ 空洞 『空洞です』ゆらゆら帝国 より なにを着てでかけよ…

あえて抵抗しない

さしずめ俺はちょっとしたくぼみさ 特別邪魔になっていないつもりさ 掘ろうが 埋めようが 好きにしなもししたいなら さあ やるがいい さあ やるがいい さあ やるがいい 『空洞です』ゆらゆら帝国 より

78・01

なるほど、科学は、或るはっきりした要求を満足させるような言表を発見するし、更にもし可能なら、その結果を予測することもできるような、実際的な、実験的な装置に移しかえることができるはずなのである。これらの結果は、一方では一つないしいくつかの変…

イマジネール

むかし、男ありけり。人のもとよりかざり粽おこせたりける返事に、 あやめ刈り君は沼にぞまどひける我は野に出でてかるぞわびしき とて、雉をなむやりける。 『伊勢物語』「あやめ刈り」(講談社学術文庫)より

「欲の深いやつだ」 と、門番は言った。 「まだ何が知りたいのだ」 「誰もが掟を求めているというのに」 と、男は言った。 「この永い年月のあいだ、どうして私以外の誰ひとり、中に入れてくれといって来なかったのです?」 いのちの火が消えかけていた。う…

山蟻

その時、玄関へ、だれか来た様な気がした。私は、直ぐに玄関に行き、途途ほうと溜め息をついた。玄関には何人も居ない。だれか来て帰つた後の様な気がする。その為に、あたりが非常に淋しくて、そこに起つてゐられない。私はすぐに奥の座敷へ戻つた。さうし…

ヴァレリーの蜂

蜂 褐色の蜂よ、汝が針 かくも鋭く、かくも毒あるも わが胸の美しき花籠を われは思ひのダンテルをもて被ひたるのみ。 『月下の一群』堀口大學訳詩集、ポール・ヴァレリー(新潮社文庫)より

ざわめき

「わにゃ、わにゃ」というような、静かなざわめきをともなった空気の振動が、章の皮膚に伝わってきた。それは踊り手のまわりをとり囲んでいる村の人間たちのかもし出すものらしかった。もう死人となってしまった章の眼に、彼等はうつらないのであった。紙の…

必要は

「軍勢の増強を王に請うてみてはどうか」 「軍の勝利は和によるので、軍勢の数には関係ありません。殷と周とが〔数の上では〕比較にならなかったことは、君(あなた)もご存じのはず。軍を整えて出陣した以上、増強の必要はありません」 「卜(うらな)って…

いにけり

おなじつごもりの日よめる み つ ね 道しらばたづねもゆかむもみぢばをぬさとたむけて秋はいにけり 『古今和歌集』巻第五 秋歌下(角川文庫)より

聖ジュリアン伝

ジュリアンの両親は、とある丘の中腹の、まわりを森に囲まれた城に住んでいた。 四隅にそびえる塔は、うろこ形の鉛で葺いたとがった屋根を頂いていた。城壁の土台は岩の上にすえられ、その岩は切り立った斜面をなして堀の底までつづいている。 中庭の舗石は…

閉じざる

思考の死も恍惚も、単なる他人の死の認識と同じように、まやかしや無力さをまぬがれていません。思考の死はつねに挫折します。それは実際、無力な運動にすぎないのです。同様に恍惚も無力です。恍惚の中には、恍惚の恒常的意識といったものが存続していて、…

砌の上の

又家持、砌の上のなでしこの花を見て作る歌一首秋さらば見つつ思へと妹が植ゑし屋前のなでしこ咲きにけるかも『万葉集』巻三・挽歌(岩波文庫)より 蛇足 死を覚悟して「秋に咲いたら思い偲んでください」という想いで亡き妻が植えた撫子が咲いていることだ…

洗面器

人の生のつづくかぎり。 耳よ。おぬしは聴くべし。 『金子光晴詩集』(現代詩文庫第二期近代詩人篇、思潮社)より

魔法も薬も

金子光晴が一生手にすることがなかったものを賢治や中也は手にしていた。そしてそれゆえに彼らは名を残し今も多くの人びとの心の襞をくすぐる。彼らが手にしていたものは「距離を埋める魔法」。それに対して、金子が手にしていたのは「距離を埋める魔法にか…

屁のような歌

中原中也とか、宮澤賢治とかいふ奴はかあいさうな奴の標本だ。それにくらべて福士幸次郎とか、佐藤惣之助とかはしやれた奴だった。 『金子光晴詩集』(現代詩文庫第二期近代詩人篇、思潮社)より

在りし日の歌

空気よりよいものはないのです 『原文 中原中也詩集』(中原思郎編、審美社)より

後期韻文詩

鳥たちも羊の群も村の女もみな遠く、 生あたたかい緑色の午下りの靄のなかで、 はしばみの若木のとりまくヒースの生えた 荒地にしゃがんで、おれはなんだか飲んでいた。 あのうら若いオアーズの流れでおれに何が飲めた、 声もない楡の若木、花もつけぬ芝草、…