家に帰つて行くと、

イメージ 1

 家に帰つて行くと、ノラは私を何日振りかに見て、ニヤアニヤアと幾声も続けて鳴いた。
 元気でふとつてゐて何も心配する事はなかつた。段段に大きくなり、おとなになつた。家の中に
ゐればのそろのそりしてゐるけれど、庭に出るとあつちこつちを非常な速さで馳け廻り、その勢ひ
で一気に梅の木の幹を攀ぢ登つたりする。運動は不足してゐないだらう。さうして次ぎ次ぎにうま
い物の味を覚え、贅澤になつて猫の我儘を通してゐる。目に見えて毛の光澤がよくなり、目が綺麗
になり、目方は掛けては見ないけれど一貫目以上、後には一貫二三百匁はあると思はれる様になつ
た。


ノラや』 内田百閒 (旺文社文庫)より