四月四日

 四月四日木曜日
 快晴
 昨夜は未明四時過ぎに枕に頭をつけたが、漸く朝六時頃から眠つた。眠りつく迄ノラの事で非常
に気持が苦しかつた。これではもう身体がもたぬと思ふ。昼間ぢゆう寝て四時過ぎに起きた。夕方
平山からの電話の時、猫捕りに持つて行かれたのではないか、居酒屋のあすこのおやぢさんがさう
云つたと云ふ。それは今まで考へなかつた事ではないが、さう云はれて又悲しくなり、暗くなるま
で声を立てて泣いた。何の根拠でそんな事を云ふのか。馬鹿が、もう殺された猫をまだ探してゐる
と云ふのか。さうかも知れないけれど、そんなあやふやな事を、知らない事もない今の私に傳えて
どうしようと云ふのだらう。
 淋しいから淸兵衛さんに来て貰はうと思ふ。頼まうと思つたがもう電話先にゐなかつた。しかし
後で聯絡がついて十時過ぎてから来てくれた。夜半二時頃から彼が帰つた後矢張り淋しくなり、いつも
ノラが眠つてゐる様な眠つてゐない様な顔をして茶の間の境目に座つてゐる俤wp思ひ出し、到底堪
らないから又泣いて制する能はず。


ノラや』 内田百閒 (旺文社文庫)より