夢の中の・・・

 私がこう云った時、背の高い彼は自然と私の前に委縮して小さくなるような感じがしました。
彼はいつも話す通り頗る強情な男でしたけれども、一方では又人一倍の正直者でしたから、自分
の矛盾などをひどく非難される場合には、決して平気でいられない質だったのです。私は彼の様
子を見て漸やく安心しました。すると彼は卒然『覚悟?』と聞きました。そうして私がまだ何と
も答えない先に『覚悟、覚悟ならない事もない』と付け加えました。彼の調子は独言のようでし
た。又夢の中の言葉のようでした。


  夏目漱石『こころ』(新潮文庫)より