小唄
一
白鳥も居ない、華やかな埠頭もない、
なにやら荒れた寂しさが
眼に 落莫を映してゐる、
その視線を 私は、ここに、
落日の黄金の色で 空一面
七色に塗りたてられた
手もとどかないほど高い
自惚の天心から 移して來たが、
今 忽ち、惱ましげにも、眞白な
肌著を脱いだ、掠め去る
白鳥のやうな姿が、眼を掠める、
悦びに躍る女よ、水中に
裸體の歡喜となつた、お前が
身を翻して 飛び込む時に。
二
もう如何にも手に負へず、
俺の希望が飛び立つやうに、
天上高く迷い込み、激情と沈默とで、
破裂しさうになつた 小鳥、
森の中で風變りな聲 あるひは
どんな山彦も後から續かない聲の
小鳥を、人はまだ嘗て、一度も他に
人生で 聴いたことがなかつたのだ。
鋭い氣性の樂人は、
これを 懐疑の中に吐き出すが、
若し 最惡の涕泣が、その胸でなく
俺の胸から、迸り出たとしたらば、
胸を掻き亂されて かの樂人も
とある小徑に そのまま立ち盡すだらうか。
『マラルメ詩集』鈴木信太郎訳(岩波文庫)より
白鳥も居ない、華やかな埠頭もない、
なにやら荒れた寂しさが
眼に 落莫を映してゐる、
その視線を 私は、ここに、
落日の黄金の色で 空一面
七色に塗りたてられた
手もとどかないほど高い
自惚の天心から 移して來たが、
今 忽ち、惱ましげにも、眞白な
肌著を脱いだ、掠め去る
白鳥のやうな姿が、眼を掠める、
悦びに躍る女よ、水中に
裸體の歡喜となつた、お前が
身を翻して 飛び込む時に。
二
もう如何にも手に負へず、
俺の希望が飛び立つやうに、
天上高く迷い込み、激情と沈默とで、
破裂しさうになつた 小鳥、
森の中で風變りな聲 あるひは
どんな山彦も後から續かない聲の
小鳥を、人はまだ嘗て、一度も他に
人生で 聴いたことがなかつたのだ。
鋭い氣性の樂人は、
これを 懐疑の中に吐き出すが、
若し 最惡の涕泣が、その胸でなく
俺の胸から、迸り出たとしたらば、
胸を掻き亂されて かの樂人も
とある小徑に そのまま立ち盡すだらうか。
『マラルメ詩集』鈴木信太郎訳(岩波文庫)より